メカトロニクスってなに?
このブログ記事は、朝日中高生新聞2021年2月28日号の連載「プログラミングでかわる!?私たちのミライ」第4回と合わせてお読みください。朝日中高生新聞に掲載された記事全文はこちら(転載許可取得済み)。

前回のブログ記事では、「メカトロニクス(Mechatronics)」という言葉が出てきました。これは、機械工学(メカニクス、Mechanics)と電子工学(エレクトロニクス,Electronics)を組みあわせて作られた言葉です。
電子回路とプログラムを組みあわせて、より高度なはたらきをする機械を作る技術をあらわしています。
時計を例に考えてみましょう。
その昔、時計はゼンマイや振り子などの部品だけを組みあわせた機械じかけで作っていました。ゼンマイを巻かずにほうっておくと止まってしまいますし、時間もずれやすいため小まめに調整しないといけません。
その後ゼンマイの代わりにモータをつかって、振り子の代わりに水晶振動子と呼ばれるものを用いるクオーツ時計が開発されました。これにより精度が大幅に良くなっただけでなく、機械じかけも簡単にできるため価格も下がりました。
最近では電波を受信して精度を高める電波時計や、気圧計やコンパスをのせたアウトドア時計なども販売されています。こうした機能は、センサからの情報をプログラムが処理することで実現しています。
メカトロニクスとロボット
ロボットは、からだを構成する機械、機械を動かすモータ、機械がおかれた状態を電気信号に変えるセンサ、これらと情報をやりとりするための電気・電子回路とプログラムから成り立つ、メカトロニクス応用例の一つです。
メカトロニクスがロボットにどのように役に立つのかを、物をつかむということを例に考えてみたいと思います。
人が物をつかむとき、物の位置を目で見て確認してから手を伸ばしてつかんでいます。
これをロボットの動作に置き換えると、以下のようになります。
1. センサーでつかむ物の位置を測定します。
- 位置を確認するセンサーにはカメラや、コウモリのように超音波の反射を使うものなど、様々なものがあります。センサーからの情報をつかって、つかむ物の位置や、つかむための腕の動かし方をプログラムが計算します。
2. プログラムの計算結果にしたがって、モータでロボットの腕やロボットハンドなどを適切な位置に動かします。
3. ロボットハンドを動かして物をつかみます。
- センサーからの情報を読み取りながら、つかむ力を調節したりもします。これらも、もちろんプログラムが行います。
と、このように言葉で書くと簡単に感じるかもしれませんが、実は「つかむ」ことは、ロボットにとって難しいことの一つなのです。
「つかむ」がどうして難しいのか
人が簡単に行っている「つかむ」ということがどうしてロボットには難しいのでしょうか。
図1のような2本指のロボットハンドを考えましょう。指の3つの関節はそれぞれモータで動きます。

たとえば指先の赤い点を、物体のくびれ部分(緑の点)に当ててつかみたい場合、プログラムで指の関節(1番〜3番)をうまく連動させることが必要です。(図2)。

実際にこれをやろうとした時、いくつか困ることがあります。たとえば次のような具合です。
困難1: 物の位置をただしくわかっていない、ロボットハンドを正確に動かせない
つかむ時に、物とロボットハンドの位置がずれてしまうとつかむのは大変です。
例えば、プログラムが正しくても図3のように指の位置がずれてしまうためです。
こういうことが起きる原因はいくつかあります。主なものを下に示します。
センサーからの情報と、実際の物の位置とがずれている
センサーの性能が不足している場合もありますが、センサーの性能がよくても、回りの様子(明るかったり暗かったり、邪魔な電波や音が飛び交っていたりなど)の影響を受けると精度が悪くなることもあります
ロボットアームの動きが悪く、プログラムが指定した位置に正しく動かせない
腕を作っている部品がたわんでしまったり、モータと腕との間にガタがあったり、腕の位置を確認するセンサーの精度が甘かったりすると、プログラムで指定したとおりの場所になかなか精度よく動かせません
このことは、小さい物、薄い物、形が複雑な物など場合、成功率に大きく影響します。

困難2: 物が変形しやすい、壊れやすい
たとえばシュークリームのようなやわらかいものを指先でぎゅっとつまもうとすると図4のように変形したり壊れてしまったりします。このような場合は指全体を使って広い面積でつかめば、つかむ力が弱くても図5のように変形させずにそっと持つことができます。


この持ち方の時重要になるのが、なるべく広い面積で触れることと、触れたときの力をうまく加減することです。
特に力の加減は重要な機能ですが、そのために役立つのが接触センサーです。例えば図6のように物に触れたことを直ちに検知して、壊さないよう動きを調節することができます。ちなみにセンサーを使う以外にも指をゴムなどで作ったり、自動的に力を調整するからくりを使ったりしているロボットハンドもあります。

困難3: 物をどう掴めばいいのか分からない
世の中には星の数ほど様々な物が存在します。箱や缶は単純な形なので、どこをつかめば良いのかはすぐに分かりますが、物によってはどこをどのように掴めばいいのか、指をどのように接触させたらいいのかわからないものも沢山あります。
たとえば物が図7のように傾いていた場合、丸い方はどの点に指を当てれば良いのか分かりません。持ち上げた時に「つるん」と滑り落ちてしまってはいけないので、下に指をもぐりこませないといけないかもしれません。
持ちにくい状態の時は、人は掴みやすくなるよう物の位置を変えてから持ったりします。こうした動作は生きてきた経験の中で「こういう状態なら持ちやすい」「つかんだときにこの姿勢なら落ちにくい」ということを学んできた結果でもあります。

困難4: 形が似ていても物の性質は異なる
白い筆箱とお豆腐一丁。形は似ていたとしても性質は大分異なります。
筆箱は軽くて堅いため、ぱっと掴んで簡単に持ち上げることができます。一方お豆腐は重くて変形するので、重心あたりを確実に掴まないとこわれてしまいます。ですから人間は持つ前に「これは堅いから雑でいいや」「これは壊れやすいから優しく持とう」と物の特徴を思い出してから動作を行っています。
このように、対象がどんな物か、その性質はどのようなものかをあらかじめ知ることができるかどうかは、ロボットにとっても重要なことなのです。
困難5: そもそもつかみにくい物も
身近にある物の中にも、りんごのようなつかみやすいものと違って持ちにくい物は沢山あります。
たとえば細い楊枝や針、小さい米粒、机の上に置かれたカードのような薄い物。ゼリーのような柔らかく変形するもの。人は爪を使ったり、机の縁まで滑らせたりと手を器用に動かしてつかみますが、こうした動作をロボットが行うのは大変です。
もちろん、人のように器用に指を動かさなくてもロボットハンドでこれらを持てるようにすることは可能です。例えば細い楊枝であればピンセットのようなハンドを使えばよいことになります。でも、このピンセットのようなハンドではリンゴをつかむことが逆に難しくなってしまいます。
一方ができるようにするともう一方ができなくなってしまう。難しいですね。
困難6: 世の中に物が多過ぎて全てに対応するのは難しい
先ほども書いたように、世の中には星の数ほど物があります。また同様に手が行う作業の種類も膨大です。
全てについて考えると気が遠くなってしまいそうなので、ここでは先月号でも登場した、お片付けロボットが働いていたお家の部屋に限定して考えてみたいと思います。
家の中には、人には簡単でも、ロボットには扱いにくいものがたくさんあります。
例えば丸いドアノブ。人が掴んで回すのは簡単です。これは人の手だと手のひらや指がぺたりとなじむようにつかめるため持ちやすくなっています。
また様々な大きさや種類がある食器にもつかみにくい物はたくさんあります。たとえばお茶碗はすりばちのように傾いているため、ロボットがつかむ時につるん、と滑ってしまいそうです。プリント紙やカードのように薄くてぺったりしているものもつかにみくいものの一つです。
もちろんロボットハンドの形を工夫すればこうした物もつかむことは可能です。お茶碗ならフォークみたいな指にしてすくい上げればつかめますし、プリント紙やカードなら吸盤を使って持ち上げられます。ただフォーク型の指でドアノブを回すのは難しそうですよね。人の手と違って、一つのロボットハンドで色々な物に対応するのは簡単ではないのです。
特殊なロボットハンド
ロボットハンドが色々な物を掴めたり操ることができるようになれば、ロボットが活躍する場は更に広がっていくことでしょう。そのため人の手のように色々なものに幅広く適合するようなロボットハンドの開発が期待されていますが、人の手は本当によくできていて、全てを再現することは簡単ではありません。そのため今も世界中の研究者が色々な物を持てるロボットハンドの開発に一生懸命取り組んでいます。
そうした研究の一つに、人の手をまねるだけではなく、全く新しいアプローチ、例えば「ドラえもん」の手のようなロボットハンドがあります。
これは風船のなかにコーヒー粉を詰めただけの単純な構造で、物に押し付けた後に中の空気を吸い出すだけで物を掴むことができるというものです。四角い大きな箱など苦手な物もありますが、色々な物を簡単に掴む事ができます。こうした柔らかい材料を使ったロボット技術をソフトロボティクスといいます。最近はこうした材料や構造の特徴を活かしたロボットハンド技術開発も盛んです。
やわらかいグリッパーを使ったロボットハンド
出典:Universal robotic gripper based on the jamming of granular material (Youtubeより)
このように、ロボットにとって「つかむ」ことがどんなに難しいことか、おわかりいただけたでしょうか?
3/3(水)公開予定の後編では、その難しさをどうやって解決するか、PFNのチャレンジについてご紹介します。